201号室

 

「幻覚、幻聴との奮闘記①〜これが死神か!?編〜。」

 

幻覚をはっきり見る様になったのは上京して間もなくの頃だった。私は吉祥寺でスタジオ夜勤のバイトとバンド活動を並走する生活を送っていた。夜はバイトかライブ、それが無い日はバンド練習や曲づくり、打ち上げなどで大半朝方に眠りに着く事が多い生活となっていた。

浅い眠りに入り1時間経つか経たぬか。とある日にそれは初めて私の体験の扉をノックしてきた。

体が全く動かない。呼吸も止まり苦しい。しかし、わりと頭は冷静。

「これが金縛りってやつかな。」そんな事を思いつつこの不可抗力に抗ってみたり身を任せたりを繰り返していた。

そしてどうやっても変わらぬ状況に「このまま死ぬかも。」と思う程呼吸が苦しくなっていった。

死ぬのは嫌だと抗い続けていると数分後、少しずつ呼吸が許される感覚が芽生えてきた。つかの間、救急車のサイレンが轟音で鼓膜を犯してきた。突然の事にびっくりはするのだが、わりと頭は冷静。

「これはやっぱり死ぬんだな。。。」と。そんな観念すら芽生えた時。

首から上の無い男がいた。
赤い長Tシャツを着た長身のそいつが、私のワンルームの部屋の冷蔵庫の前に立っている。男は筋肉質で頭が無くても性別は男とすぐに解る。彼は彼自身の腕の長さくらいの大きな草刈り釜の様なものを持っている。その鎌を引きずりながら私のまわりをゆっくりゆっくり歩き出した。耳元の救急車のサイレンはいつの間にかお経の様な声に変わっていた。
複数のお坊さんが激しく読みあげている集団修行パターンのあれである。

「こいつがもしや死神?」

「ん?すでに俺死んでる?」

恐怖よりもクエスチョンが多すぎて逆に何故か終始頭は冷静。怖いは怖いのだが、先程まで呼吸が一切できない状況に比べれば少し楽な気もしていた。いつかそいつは大きな草刈り鎌を振り上げ、私の頭を文字通り一刀両断するのだろう。彼と同じ様にされた私は首の無いまま草刈り鎌を拾い上げ、次の犠牲者の寝床へと行かされるのかもしれない。

冷静と思っていた脳は徐々に恐怖に支配されている。
目を瞑る事しかできなかった様に記憶している。

彼の足音がお経と同時に大きくなり、近くなる。
身体は一向に動かない。

「ああ。終わりだ」

そう思った瞬間、身体を支配していた力が一気に、そして一瞬で抜けた。
恐る恐る目を開けると首無し男は消えていた。幻聴も止んでいた。

いつものテーブルに飲みかけの酒缶が何本か置かれていた。

「あれは夢だったのか?」

私はオカルトが好きではあるが、自分ではあまり信じないので冷静にその現象を分析してみた。

A・身体が疲れ過ぎていてレム睡眠状態のまま脳だけぼんやり起きてしまい、脳が正常な機能しない中で幻覚を見た。

B・酷い睡眠時無呼吸症候群になり、死の恐怖を感じて脳だけ起きた。しかし酸欠状態なので脳が朦朧として幻覚を見た。

C・睡眠時に死ぬ系の夢を見て、脳が本当の死だと感じて誤作動し、ドーパミンが噴出して幻覚を見た。

現実的なのはこの3つだと考えた。最終的には本当に恐ろしい体験だったので、目覚めた後に何度も酒缶に書かれている成分表記などを空読みして正気を保った。

しかしこの体験はのちの遠藤青年が幻覚地獄に悩み、何人ものドクターと共に奮闘する序章に過ぎなかった。

「幻覚、幻聴との奮闘記②〜跳ね回る阪神タイガース帽の少年編〜。」へ続く

 

2020年 7月18日 蜚蠊博士