コラム[夢の中の現実 2002年冬]

真夜中の使用人が僕の部屋をノックした。
「汝、旅に出ましょう。」
深海魚が泳ぐ空の中を三ヶ月列車に乗って走っている。
眠い目をこすりながら見下ろすと空はすっかり明るくなっていた。
滑車型の雲が太陽をぐるぐると回していた。
「太陽のしかけ」というポエムを思い出した。

そのうち線路は地上に降りた。
誰もいない田舎道を走っていた。
僕は珈琲を舐めながら景色を楽しんでいた。
「あの峠を越えると駅があります。」
真昼の使用人が笑顔で教えてくれた。
駅に着くと一人の少女が乗ってきた。
五歳ぐらいに見えるその子は、
僕と使用人のスキマにちょこんと腰掛けた。
列車が動き出す。
少女はずっとこちらを見ている。
列車が加速する。
「あなたのおじい様が亡くなられました。」
少女は僕をまだ見つめていた。
「教えてくれてありがとう。」
僕は少女の頭を撫でてやると少女は立ち上がって
すたすたと歩いていってしまった。
外に目をやると動く列車の窓ごしに祖父の姿があった。
その横には幼い日の僕が座っていた。
祖父は花火を持っていた。
その頃の僕の目には綺麗な花火が映っていた。
祖父が列車の中の僕に気が付いて大きく手を振っていた。
景色は休む事無く変わっていった。
何も無い田舎道に戻ってしまった。
気が付くと冷たくなった祖父を抱いていた。
白い布に包まれた祖父は、列車の天井の方を見ていたが、
その瞳は白く乾いてしまっていた。
僕の目から涙が落ちた。
涙が祖父の組んだ手の甲に落ちた。
同時に祖父は消えてしまった。
「あなたの小さい頃は、いつもおじい様といっしょでしたね。」
使用人が僕を見つめた。
「ああ。」
小さく答えた。
外の景色が少しずつ変わっていくのに気が付いていた。
空は曇っていた。
列車はある川のほとりに着いたようであった。
「降りましょう。」
夕べの使用人が僕の手を引っ張った。
川辺の石道を川に向かって歩いた。
雨が降ってきた。
川の中に手を入れてみると大きな魚が掴めた。
そのままもち上げると魚はピチピチと地を躍った。
僕は捕まえた魚を焼いて使用人に食べさせてあげた。
夕べの使用人は「おいしい。おいしい。」と言って夢中で食べていた。
僕は一口も食べなかった。
使用人が「おいしい。」と言ってくれればそれでよかった。
夕べの使用人が魚を食べ終える頃、雨は止んでいた。
僕は、だいぶひさしぶりにギターを持って唄っていた。
1つ1つの弦の音が川の流れに沿って広がっていった。
僕が唄い終わると雲は一切無くなっていた。
夕暮れの太陽がゆっくりとゆっくりと大きく川に反射していった。
そしてその反射光は川に一本の光の橋を落とした
使用人は驚いて立ち上がっていた。
僕は、雲が無くなったのも、太陽が川に橋を落としたのも、
僕の唄が成した事では無い事を知っていた。
もちろん夕べの使用人も知っていた。
「偶然のタイミングってあるものなのですね。」
夕べの使用人が笑った。
僕も笑った。
「あの光の橋を渡ってみる?」夕べの使用人を誘ってみた。
「溺れたら助けてくれるのであれば。」
陽が落ち、暗くなるまで僕達は笑っていた。

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