家族・スタッフ・バンド仲間、
そして何よりライブに足を運んだり、 CDを買ってくれたりと
応援してくれた方々本当にありがとう!

コックローチとしては1年半しかやれなかったけれども、
5人でライブをするにも何をするにも本当に楽しかった。
血は繋がっていないが、メンバーを家族に近い存在だと思っている。
そのぐらい、一緒の時間過ごし嫌な事なく本当に楽しい時間だった。

コラムを書き始めたら、
コックローチに入る前にみんなで鍋を囲んだのが
事の初めだったんだなと思い出した。

2日後ぐらいに軽い感じでスタジオに呼ばれギター弾き
それから、仁平の家に泊まって次の朝、
調布の小さな公園でランヒェイ弾き語りし合って
そこで「コックローチやってみねぇ?」みたいな感じで口説かれたんだよな〜。
その時は、一つ返事で「死ぬ気でやる」って返したんだ。

入る前は、
その先が見えなく場末の居酒屋で呑んだくれ、やさぐれて
バンドの誘いがなかったら、
今頃廃人だったんじゃねぇかなと思ってしまう。

そんな中、コックローチとして召集された事ってぇのは、
世界に名を馳せるどんな大企業に召集されるよりも
遥かに最高の事柄だった。

世界には何十億って人がいて
その中から5人が集まったのは、
運命または宿命だったのかもしれないな。


夏には初のライブ、盟友G−FREAKとの上常があって
次の日、元Gの和磨を加えてみんなで遊んでたら
人様に言えない様なハプニングがあったり(何人かには言ってるが)
もうホント、ミラクルすぎた。
だから、水戸でみんなで遊ぶのは止められない。

次の月には、高崎にある丸太小屋のスタジオでレコーディング。
苦労し最後に涙を浮かべ作り終えた「青く丸い星に生まれて」は、
墓の中までもっていくのだろう。

この頃は、まったく解散なんて考えていなかったが
結局6月にはみなで解散を決めた。
解散を決めた後、笑顔で話した昔話は忘れないだろう。

今、解散してしまった本人達はいいが
お客さんをどのバンドよりも大事にしてきたという自負があるから
これだけは、言おうと思った。
ステージで言おうと思ったけど、結局まとまった事が言えなかったし・・・。

僕らにぶつけてくれた、あの壮大なまでのエネルギーを今度は、
自分自身の為にぶつけてあげてほしい。

もし今、先が見えなくて路頭に迷ってるようなら、
あのエネルギーを自分にぶつけて、
今までもってた視野をちょっとずらして世界をみたら、
きっと新しい何かが見えてくるはずだよ。

 

そして、仁平・祐也・杉・塁
10代の頃に君らに出会い、
苦楽を共にし作品を作り上げて来た事は僕の一生の宝だ!
コックローチは、僕を人間として磨きあげてくれた。
だから、今はこんなにも人にやさしくできるんだ。
心からありがとう!

君らにもらった小さな羽を
今、大きく広げて大空を飛んでゆくよ

これから別の道に進むであろうが、
何かの運命で深く繋がった同士
これからもこの時代を共に生きよう!

もちろん、コックローチに関わってくれたすべての人達
共に生きよう!

2005.9.15加藤拓也

 

追記:
バンドが終わり僕は、 仲間同士でアイディアを形にする為起業を目指しています。
11月5日にはNPO法人を発足させる勢いです。
それと実は他に、IT劇団ブサイコロジカルという劇団に所属し
製作関連の事もしたりと、幅広い分野で活動しています。

本気で創るものが音楽ではなくなっただけで、
基本的なスタンスは何もかわってないかな。
前途多難ですが、やれるとこまでやったろうと。
最近では、毛嫌いしていたブログやSNSというものをやってみたりと
コックローチをやっていたからこそ、人を好きになれたのだな〜

「機会があったらまた一緒にやっぺね。じゃ!」

 

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