コラム「號」


闘犬に行ってきた。
そこには闘う犬「土佐犬」と「主人」の強い絆があった。
闘犬という一つの行事には何か大切なモノのヒントがあった。

最近、土佐犬を飼う人と出会った。闘犬を見に行くきっかけとなった。
その人は、僕に多くのことを教えてくれた。その人に会うのが楽しみになった。毎日、顔を合わすことが多くなったある日、その人が土佐犬を飼っていると言った。
「犬は可愛いんだよ。人は裏切るだろ?」
「犬は絶対裏切らないんだよ。」
うなずいてしまった。

土佐犬はものすごく大きい。大きい土佐犬は80kg近くまで育つ。大人でも本気で戯れるとフッ飛ぶ。普段はすごくおとなしい。表情が豊かで、今じゃ逆に可愛く見える。
最初は触れなかった。犬は好きだが土佐犬の威圧感は相当だった。触れなかった、、、。

その人は自分の土佐犬を本気で家族として向き合っている。暇があれば犬小屋で一緒に寝ころび、毎月病院で健康の管理や病気の対策をしている。子犬の頃から一緒の布団で寝てたらしい、、、。

ある日、闘犬があるから見に行かないかと言われた。
「闘犬みても何も感じない奴もいるし、感じる奴は感じる。行きたいなら、ついてくればよい。」と。

会場は朝早く、多くの土佐犬が集まりだした。そのほとんどが静かにジッとしている。この後、何が待っているかわかっているのか、、、わかっていないのか、、、ジッとしている。

闘犬、勝ち負けには色々なルールがある。全部はわからないが、鳴いたら負け、逃げたら負け、主人が「謝ります」と言って負けるカタチもある。
闘っている土佐犬に対し一人の人(主人など)だけが声をかけることを許される。闘いの最中、土俵の周りはそれぞれの主人の声と、二匹の闘う土佐犬の体と体のぶつかり合い、引きずり回すときの、何とも異様な音が静寂を貫き耳に入る。

長い時間闘えば闘うほど強い犬と讃えられる。
だから「謝ります」といって降参したりする。

僕が何より興奮する瞬間があった。土俵までの花道を二匹の土佐犬がのぼり、ぶつかり合うまでの時間、、、なぜかドキドキした。
まず先に一匹の土佐犬が土俵にあがる。さっきまでとは全く違う表情になる。
何かを探す、、、そう敵を探している。そうして見つけると敵がどこにいようとも今すぐに闘おうと暴れだす。必死に押さえる主人。 後から二匹目の土佐犬が花道をのぼる。そして二匹が土俵に揃った瞬間、主人が土佐犬を敵にぶつける。そして、はじまる。

モノの数秒で視界に血が入ってくる。当たり前だが、本気で闘っている。闘わなければ殺されるからだろう。
首を噛む土佐犬、足を噛む土佐犬、鼻を噛む土佐犬、金玉に狙いを定め噛む土佐犬、、、。しかし土佐犬は噛まれても鳴かないのだ。いくらチマミレになろうとも、いくら噛まれようとも鳴かないのだ。
闘いの上手い、下手、何となく分かった。チャンピオン戦は凄い。まるで人間の格闘技。そのメインイベントを観ているようだった。途中、土佐犬が犬ということを忘れてた。
主人が止めなければ死ぬまで闘う土佐犬もいる。試合を止めても十分ぐらい噛んだ歯を開けようとしない土佐犬もいる。 その日、一匹の土佐犬が命をおとした、、、

闘いの後はすぐに会場にいる獣医さんに注射してもらい薬を飲ませ、傷の手当て、体を拭いてあげる。
勝ちや負けは関係ない。大きな優しさで我が息子をいたわるように、、、
やさしく撫でるのです。
抱くのです。

今日まで僕は死ぬまで闘ったことはない。だから生きている。
べつに死にたいわけではないし、殴り合ったりしたいわけじゃないけど、、、
唯、そこに、死ぬまで鳴かなかった土佐犬がいた。
唯、本能のままに闘い続ける土佐犬の血が飛沫となって飛んできた。
唯、我が息子を抱くように、下心や裏心もない大いなる優しさがあった。
唯、そこに闘う犬として人工的に造られた土佐犬がいた。
唯、外からそれを観ている僕がいた。 それが分かったことだった。

それが分かったことだった。今あらためて、、、

帰り、やっと土佐犬を撫でることが出来た。
俺のことなんかどうでもよさそうな顔をしていた。

 

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